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主に政治と経済について、思いついたことを語ります。リンクフリー、コピーもフリー
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原田 泰 / 文藝春秋
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 著者は、マクロ経済の専門家であり、政策立案者でもあった、原田泰である。原田には、戦前の都市や経済を扱った著作に世相でたどる日本経済があるが、その続編的な意味合いを持つものであろう。本著では、「世相」よりも都市のあり方についてつっこんだ議論がされている。ひとつは都市間競争は、戦前のほうが盛んであったこと、1880年代では新潟が、人口のトップであり1900年になって、やっと東京がトップになったのであるが、都市の間での自由な競争と財政的な自己責任が存在した戦前の構造によって都市の経済的魅力を生むという誘引があったということがこの結果を生んだのだろう。
 あとひとつは国と地方の税制あり方である。その議論は、「地方分権論」につながる議論を含むが、交付税は、地方の基準財政需要額と、「合理的」な方法で算定されたとされる基準財政収入額との差額である財源不足額に割り当てることなっているが、ここには、地方の課税権が地方に存在しないという財政無責任構造を誘発するという欠陥がある。それを「自由主義」の観点から詳述している。
 道州制の導入などを唱える「美しい国」の著者が、この国の総理を勤めている。「美しい」ことを担保できるのは地方と中央の財政、つまりは、徴税権の中央集中を解体するという美しくない方法によるのだということを政策家として知悉していないなのだろう。中身のない中央集権を緩和できない実効性のない道州制など導入したところで、地方議員や、地方官吏が減ることにもならないのではないのだろうか。この点、この著者はまったく具体的な政策を述べていない。ただの評論家でもあるまいに・・・・。
 それはさておき、まずは、原田の「美しい都市」「魅力ある都市」を作るための見解を見てみよう。戦前と戦後を比較し、戦前の詳らかにされてこなかった「自由」と「責任」が、戦前には戦後より比較して存在したことなど、経済学によって語られている、と思う。
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川島 正平 / リーベル出版
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 一時期、国家論と同じく言語論にも凝った時期があったので名残で、言語論を読んでみた。これが面白かったのでその紹介。言語過程説の論及。三浦つとむと時枝誠記(もとき)の言語過程説の本質的な異同の解説ともなっている。ソシュールのラングとパロールの概念理解にもかなり役立つだろう。また、ソシュール言語論の至らなさが、存分に味わえる言語論でもある。 ■川島正平は、1966年生まれであり、90年代に三浦の著作にで出会い「学問的」感銘を受けた若き学徒であるが、彼の理解力と「学問」に対する姿勢には、資質を超えた学問の本義がある。■世界的に「言語」の意味ついての論及が混乱する中、三浦の「意味論」を正当に採り上げており、清々しい。三浦は意味を、認識の概念と表現の客観的な関係だとした。この意味の本質論を、過程説から論じきっている川島の力量はもっと高く評価されなければならない。■しかしながら、学問界の西欧「学問」勢力に跪拝するごくつまらない勢力による力学が、支配する学者世界が、三浦や川島の正当なる指摘が、無視と等閑視される現状に憤りさえ持つのは筆者だけではなかろう。全く言語論的に情けないほどの説得力の無い町田健などの学会ご託宣などが現状流布され、新たな捏造された「日本論」なども構築される現状がある。

菅野 覚明 / 講談社
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 神道の内側、というか教義無き教義を見ていく意欲作。神をおとなう「客人」(まらうど)として捉える。この見方に合点がいった。日本の神は、客人だったのであり、客人を持て成す儀式が神道の核にあるのだろうという推察には、十分に説得的な推察だろう。この視点だけでも、著者の「力量」が見えるのだが、更に、神道の教義、教説の、内側を読み込んでいく、神と統治の二元論支配の世界を解きほぐしていくことで、「日本」と「日本人」が見えてきた気がした。
 p77では以下のように菅野は論じる。「このように、神国という言葉は、日本という国の神秘性や優越性を直接言い表しているわけではない。神と人との独特な緊張関係において統一の成り立っている特殊な国情を第一義としてあらわしている。天照大伸の命によって天皇がこの国を統治することが定めれた時点に確定し、それが天皇のある限りに続いているのである。万世一系の天皇の統治とは、国柄の優秀性を表すものではなく、神国の特異な内部構造の要の位置に、神と人とを媒介する天皇という軸があるということを意味している。」 
 
 天皇の統治者としての側面が表、祭祀者としての側面が裏にある。この裏を自律させる方向が神道教説の発生を促した。天皇は一にして二つの役割を演じる神と人を媒介する軸だったのである。
 
 吉田神道から、山崎闇斎の儒学的神道論である垂加神道、北畠親房の「神皇正統記」に於ける神道論、私情の肯定派である賀茂真淵、歌心の、世の中を都合のよい道理で説明しく尽くそうとする「異国の道々」を批判し、「邪なること、悪しきこと」「哀れむべきこと」を見据えてこそ、うれしいこと、正しいこと、悲しきことが見えるという「道理」を説いた本居宣長、平田篤胤まで、気づかなかった論理の内在的論理の展開があって、一般の「政治的」思想としての神道論にはない論理展開で読ませる。 
 
 理論好きな人には、その展開に論理の醍醐味を十分に届けてくれるものになるのではないか、と思う。

遠山 美都男, 平林 章仁, 加藤 謙吉, 前田 晴人, 早川 万年 / 講談社
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 古事記は、物語として面白く、「国罪」「天罪」が、どうやって出来てきたのかに興味があったので目を通したことがある。それについて当時の勝手な解釈が、自然宗教的な読み方でいいのではないかと思っていた。が、なぜスサノオの狼藉が、起きたのか、それをどう解釈すれば、その時代の当時の観念の中で、古代人が見ていたのか推測が出来なかったのが実際であった。
 歴史の読み方として、当時はマルクス主義的な階級的読み方が流行していたが、これはあまりに図式過ぎて当時の実態からずれることでどうも腑に落ちなかった。が、小林秀雄が、「純粋直観」によって歴史を眺めるということを、「己を虚しくして歴史を眺める」あるいは「上手に思い出す」という方法だか姿勢だか分からないが、何とはなしに、妥当性がある見方を述べていたような気がする。小林秀雄は、ベルグソンの翻訳も確か手がけていると思うが、ベルグソンの純粋直観による時間意識は、それ自体では、面白い哲学ではあるだろう。が、歴史を眺める方法にはなりにくい手法であることは確かである。方法とは、経験のあるものたち、あまねく誰でもしていいるものでなければならないだろう。
 そんな時期に、三浦つとむの「日本語はどういう言語か」という啓蒙書に感激した。ごくごく当たり前のことだが、認識の方法として、人は過去について観念的な自己の分裂を起こして、その時代を観ているのだということが認識論として記述されていたのである。小林の己を虚しくするとは、現在の自己の思い込み、現在の知識による見方を一旦忘れて、過去の状況を歴史的に再考し、その当時の自己として観念的に思い描くことなのである。そこで、当時の古代の「規範」あるいは「共同幻想」がどのようなものであったかを推測しなければならないことになる。古代の共同幻想、あるいは共通の規範は、宗教的なあるいは呪術的なもので、現代人の共通の規範、ものの観方とはかけ離れたものであることは、推測できる。が、ここからが、歴史家の力量である。その推測が、概ね妥当性を持つかどうかが何らかの「論理」によって説明されなければならない。この妥当性の論理的説明が、小林の上手に思い出すことの実際なのである。

 この「日本書紀の読み方」では、巻頭の平林の説だけは、読者に上手に思い出すことの論理を提供している、と思われる。
 スサノオは、アマテラスに対して狼藉を働き、それが祓いの起源だ通説は謳うが、しかし、それはそれは古代人の観念をそのま説明していることにはならないのではないか?面白かったのは、最初の論文、平林 章仁の「スサノヲ神話を読み解く」である。あと他の著者のは、細かいところに入り過ぎていて、素人には読むのにかなり骨が折れる。新書向きの内容ではないのでは、とも思った。以下、平林 章仁の説の引用。  
 

副島 輝人 / 青土社
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 著者は、日本フリージャズ創世記、60年代からの今日のポップ・アヴァンギャルドに至るまでの、前衛ジャズの「歴史」を「運動」の参加者の観点から実作者に時には厳しく、又著者副島が参加者、運動者であるが故の愛着を持って実作者の活動とその音楽に対する姿勢を記述している。

野口 旭 / 日本評論社
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  本著にはデフレ不況の原因の解説についてのマクロ経済的的確性がある。しかも、マクロ経済学の初歩の知識で、十分理解できるところが、うれしくもあるところ。
 竹中平蔵の政策的活動を認めながら、また、サプライサイド経済学の正当性を認めながら、その適応の誤謬を説得力をもって的確に指摘している。その点が、政治主義的な「批判」と一線を画しており、格調の高さを維持してもいる、とも思う。国際競争力の低下、日米経済摩擦というマクロ経済学とは、全く異なった謬見の丁寧な指摘は、国際経済学を専門とする野口の独壇場ともなっている。
 ひとつの例を示すと、経常収支は、投資と貯蓄のバランスと全く一致し、米国の経常赤字は、景気気がいいから起こる事象であり、逆に日本の経常収支が黒字なのは、投資が貯蓄に比べて異常に少ないから不景気になることを表している。

飯田 泰之 / ダイヤモンド社
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 経済学的思考の技術 「知る経済学から、使える経済学へ」の導きへを唱える意欲的な経済書籍である。経済的な取引・契約が行われる状況を纏めて「市場」という。取引の「買い手」「売り手」が特に情報の格差がない、といった状況を「完全競争市場」という。

 モラルハザードはあくまで「契約後の行動監視等が出来ないことの問題」と定義されており、倫理・道徳と直接的関係は無い。 

 複数の均衡が存在する場合、「期待」の働きが経済状態の決定に主要なキーとなる。

 フローは、一定期間での状態の変化量ストックは、一時点での存在量。

 財政赤字 
 
政府資産には、有価証券などの処分可能性の高いものが含まれている。国の重要資産である「税金を徴収する権利」が、存在する。今現在からさらに新たな借り入れをしない場合、政府債務は利子率分毎年増加していく。それに対して税率を一定に保った場合の税収は、経済の成長率から決まってくる。

 よって、自然増収を見込まない財政収入論は、一面正しくとも、マクロ経済のダイナミズムを無視、また、経済成長についての有効な金融政策の等閑視に導き、日銀の金融政策について観察していく事を無視することになり、はなはだマクロを無視した危険な思考態度であるといえることになると考える。


向 寿一 / 講談社
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 イギリス金融ビッグバン 向壽一 

p147 かつて「女王の銀行」とさえ呼ばれたベアリングズがシンカボールにおける投機椒引の失敗で経営が破綻し、オランダの金融機関に買収された。四大銀行の一つであるミッドランド銀行も、香港に拠点をおく香港上海銀行の傘下におかれた。 雇用効果という側面から見てみると、ロンドンにおける証券取引の活発化の結果、イギリスの基幹産業である金融業に従事する人口は、八六年の二四四万人から八九年には二九九万人に増加したと言われている。この点でいうとビッグバンは金融業の雇用にプラスに作用したと言える。 しかし、証券取引所での立会取引がスクリーンでの取引に切り替わった結果、三〇〇〇人以上いた取引所の職員は九六年には九〇〇人に減少した。また、四大銀行の支店が三六〇〇支店も閉鎖されている。 こうしてみるとマクロ的には雇用効果があったが、競争激化のため弱肉強食の世界となり、たえずリストラ解雇の危機にさらされながら勤労者は働かざるを得ない状況である。イギリス経済は活性化したか さて、イギリスのビッグバンは金融業を外部の資金を使って外部に貸し出す「オフショア化(貸し座敷化)」することによりロンドン証券市場を活性化させたと言えることはまちがいない。だが、このビッグバンは、はたしてイギリス経済を活性化させたのであろうか。 実はビッグバンから一年間は順調に証券市場も伸びたのであるが、一九八七年一○月二〇日のブラック・チューズデーにより、一日で二〇パーセントも平均株価が下落するという未曾有の事態に陥った。日本のビッグバン期待論者の一部には、それを株価上昇の契機にしたいという思惑があるが、それは実は期待できないということが、イギリスのビッグバンの経験から明らかである。 イギリス経済は一九九三年頃まで、下降の一途をたどるのであり、失業率も一〇パーセントを大きく超えた。ビッグバンは、長年のイギリス産業界の課題であり悲願でもある中小製造業企業への資金供給メカニズムは、持ちあわせていなかったのである。 九二年のクリスマス・セール・シーズンは厳しいイギリス経済の実状を物語るかのように、「クローズド・セール商店処分セール)」と呼ばれていた。一九八九年の東欧民主化、九〇年のドイツ統一により、ドイツ経済には旧東ドイツを飲み込むための財政赤字が生じ、そこからくるインフレ懸念を抑えるため高金利政策が採用された。ドイツの金利が高くなるとヨーロッパの貨幣資本は高金利を求めて、自国通貨を売ってドイツマルクで運用しようとする。ドイツマルクを中心にほぼ固定相場で運用されているERM(欧州為替相場メカニズム)に加入していたイギリスは、ポンドとの固定された相場を守るために、自国でも高い金利政策を採用せざるを得ず、その結果、イギリス国内は不況に陥ったのである。一九九三年、イギリスはボンド売りマルク買い投機の動きに巻き込まれ、ついに事実上の固定相場制度であるERMから離脱した。そして、ポンド安を導き、産業の対外競争力を回復させて、金利も自国産業本位の低金利に導いて、ようやく深刻な高失業をともなう大不況から脱出できたのであり、九三年を底に株価も上昇に転じたのであった。


小室 直樹 / 集英社インターナショナル
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 軽い体裁をとっているが、中身は、小室直樹節が充満していて痛快であり、「学問」の薦めでもある。基本から説き起こし、読者を考えるように仕向け、回答を開陳する小室節に我慢出来ない人は、苦痛となるだろう憲法「学」の本でもある。憲法も所詮国民性に規定される代物であり、如何に高尚な憲法であっても憲法に対する姿勢によって、むしろ危機的政治状況を呼び込むものでさえある。そのことが、ドイツのナチスの政策を取り上げて重厚に歴史論理的に述べられている。 

 著者のスタンスは、改憲でも、改憲反対でもない、憲法制定の前に、憲法が飾りではなく国家の機関を構成する「公務委員」を統制する法であり、よって、国民の「自由」が守られる構成がとられているとする。憲法「学」の啓蒙の姿勢が著者のスタンスである。

 政治学としてジョン・ロックの神から与えらた「自然権」についての「思想」を下敷きにしている。これは近代国民国家の「理想」ではあるだろうが、西欧の諸国家もいまだその理想を達成してはおらず、その理想がそもそも幻想ではないかという姿勢を持つものにとっては、小室のスタンスも強固なものとはならないのではないか?とも思う。

 が、著者の広範な知識、かつ歴史の咀嚼力には、碩学の言葉がふさわしい。是非はともかく、圧倒的な小室ワールドではある。 憲法改正が、メディアで、煩いが近代国家にとっての憲法ならびに、その精神はいかようにあるべきかを考えるにあたっては、参考になる一冊。

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