あとひとつは国と地方の税制あり方である。その議論は、「地方分権論」につながる議論を含むが、交付税は、地方の基準財政需要額と、「合理的」な方法で算定されたとされる基準財政収入額との差額である財源不足額に割り当てることなっているが、ここには、地方の課税権が地方に存在しないという財政無責任構造を誘発するという欠陥がある。それを「自由主義」の観点から詳述している。
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古事記は、物語として面白く、「国罪」「天罪」が、どうやって出来てきたのかに興味があったので目を通したことがある。それについて当時の勝手な解釈が、自然宗教的な読み方でいいのではないかと思っていた。が、なぜスサノオの狼藉が、起きたのか、それをどう解釈すれば、その時代の当時の観念の中で、古代人が見ていたのか推測が出来なかったのが実際であった。
この「日本書紀の読み方」では、巻頭の平林の説だけは、読者に上手に思い出すことの論理を提供している、と思われる。
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竹中平蔵の政策的活動を認めながら、また、サプライサイド経済学の正当性を認めながら、その適応の誤謬を説得力をもって的確に指摘している。その点が、政治主義的な「批判」と一線を画しており、格調の高さを維持してもいる、とも思う。国際競争力の低下、日米経済摩擦というマクロ経済学とは、全く異なった謬見の丁寧な指摘は、国際経済学を専門とする野口の独壇場ともなっている。
ひとつの例を示すと、経常収支は、投資と貯蓄のバランスと全く一致し、米国の経常赤字は、景気気がいいから起こる事象であり、逆に日本の経常収支が黒字なのは、投資が貯蓄に比べて異常に少ないから不景気になることを表している。
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経済学的思考の技術 「知る経済学から、使える経済学へ」の導きへを唱える意欲的な経済書籍である。経済的な取引・契約が行われる状況を纏めて「市場」という。取引の「買い手」「売り手」が特に情報の格差がない、といった状況を「完全競争市場」という。
モラルハザードはあくまで「契約後の行動監視等が出来ないことの問題」と定義されており、倫理・道徳と直接的関係は無い。
複数の均衡が存在する場合、「期待」の働きが経済状態の決定に主要なキーとなる。
フローは、一定期間での状態の変化量ストックは、一時点での存在量。
財政赤字
政府資産には、有価証券などの処分可能性の高いものが含まれている。国の重要資産である「税金を徴収する権利」が、存在する。今現在からさらに新たな借り入れをしない場合、政府債務は利子率分毎年増加していく。それに対して税率を一定に保った場合の税収は、経済の成長率から決まってくる。
よって、自然増収を見込まない財政収入論は、一面正しくとも、マクロ経済のダイナミズムを無視、また、経済成長についての有効な金融政策の等閑視に導き、日銀の金融政策について観察していく事を無視することになり、はなはだマクロを無視した危険な思考態度であるといえることになると考える。
p147 かつて「女王の銀行」とさえ呼ばれたベアリングズがシンカボールにおける投機椒引の失敗で経営が破綻し、オランダの金融機関に買収された。四大銀行の一つであるミッドランド銀行も、香港に拠点をおく香港上海銀行の傘下におかれた。 雇用効果という側面から見てみると、ロンドンにおける証券取引の活発化の結果、イギリスの基幹産業である金融業に従事する人口は、八六年の二四四万人から八九年には二九九万人に増加したと言われている。この点でいうとビッグバンは金融業の雇用にプラスに作用したと言える。 しかし、証券取引所での立会取引がスクリーンでの取引に切り替わった結果、三〇〇〇人以上いた取引所の職員は九六年には九〇〇人に減少した。また、四大銀行の支店が三六〇〇支店も閉鎖されている。 こうしてみるとマクロ的には雇用効果があったが、競争激化のため弱肉強食の世界となり、たえずリストラ解雇の危機にさらされながら勤労者は働かざるを得ない状況である。イギリス経済は活性化したか さて、イギリスのビッグバンは金融業を外部の資金を使って外部に貸し出す「オフショア化(貸し座敷化)」することによりロンドン証券市場を活性化させたと言えることはまちがいない。だが、このビッグバンは、はたしてイギリス経済を活性化させたのであろうか。 実はビッグバンから一年間は順調に証券市場も伸びたのであるが、一九八七年一○月二〇日のブラック・チューズデーにより、一日で二〇パーセントも平均株価が下落するという未曾有の事態に陥った。日本のビッグバン期待論者の一部には、それを株価上昇の契機にしたいという思惑があるが、それは実は期待できないということが、イギリスのビッグバンの経験から明らかである。 イギリス経済は一九九三年頃まで、下降の一途をたどるのであり、失業率も一〇パーセントを大きく超えた。ビッグバンは、長年のイギリス産業界の課題であり悲願でもある中小製造業企業への資金供給メカニズムは、持ちあわせていなかったのである。 九二年のクリスマス・セール・シーズンは厳しいイギリス経済の実状を物語るかのように、「クローズド・セール商店処分セール)」と呼ばれていた。一九八九年の東欧民主化、九〇年のドイツ統一により、ドイツ経済には旧東ドイツを飲み込むための財政赤字が生じ、そこからくるインフレ懸念を抑えるため高金利政策が採用された。ドイツの金利が高くなるとヨーロッパの貨幣資本は高金利を求めて、自国通貨を売ってドイツマルクで運用しようとする。ドイツマルクを中心にほぼ固定相場で運用されているERM(欧州為替相場メカニズム)に加入していたイギリスは、ポンドとの固定された相場を守るために、自国でも高い金利政策を採用せざるを得ず、その結果、イギリス国内は不況に陥ったのである。一九九三年、イギリスはボンド売りマルク買い投機の動きに巻き込まれ、ついに事実上の固定相場制度であるERMから離脱した。そして、ポンド安を導き、産業の対外競争力を回復させて、金利も自国産業本位の低金利に導いて、ようやく深刻な高失業をともなう大不況から脱出できたのであり、九三年を底に株価も上昇に転じたのであった。
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軽い体裁をとっているが、中身は、小室直樹節が充満していて痛快であり、「学問」の薦めでもある。基本から説き起こし、読者を考えるように仕向け、回答を開陳する小室節に我慢出来ない人は、苦痛となるだろう憲法「学」の本でもある。憲法も所詮国民性に規定される代物であり、如何に高尚な憲法であっても憲法に対する姿勢によって、むしろ危機的政治状況を呼び込むものでさえある。そのことが、ドイツのナチスの政策を取り上げて重厚に歴史論理的に述べられている。
著者のスタンスは、改憲でも、改憲反対でもない、憲法制定の前に、憲法が飾りではなく国家の機関を構成する「公務委員」を統制する法であり、よって、国民の「自由」が守られる構成がとられているとする。憲法「学」の啓蒙の姿勢が著者のスタンスである。
政治学としてジョン・ロックの神から与えらた「自然権」についての「思想」を下敷きにしている。これは近代国民国家の「理想」ではあるだろうが、西欧の諸国家もいまだその理想を達成してはおらず、その理想がそもそも幻想ではないかという姿勢を持つものにとっては、小室のスタンスも強固なものとはならないのではないか?とも思う。
が、著者の広範な知識、かつ歴史の咀嚼力には、碩学の言葉がふさわしい。是非はともかく、圧倒的な小室ワールドではある。 憲法改正が、メディアで、煩いが近代国家にとっての憲法ならびに、その精神はいかようにあるべきかを考えるにあたっては、参考になる一冊。