忍者ブログ
主に政治と経済について、思いついたことを語ります。リンクフリー、コピーもフリー
Admin | Write
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 

株価下落が大恐慌の引き金になったといわれる。しかし、それ以前の政策が間違っていた。フーバー大統領は、歳出を増やした。これを補うため、歳入を増やすための増税を織り込んだ緊縮財政策をとる。株価も暴落し、資産デフレが、バランスシート不況を齎し、実体経済が悪化して失業率が高まっている不況期に「緊縮財政」増税策を緊縮に異常な「信念」を抱くフーバーは採ったのである。これが当時の米国経済を壊滅的、破壊的な経済作用を導入する。

 33年には、全国的に銀行の破綻が波及する。30年から31年にかけて年平均600行の銀行が破綻、32年に小康状態、そして33年に爆発的に増えて破綻行が3500行にも及ぶことになる。

 29年以前に、当時の米国FRBは、株価上昇に危機感を抱き、金利を大幅に引き上げていた。28年2月に3・5㌫から4㌫、5月には4・5㌫、そして7月には5㌫へと三度にわたって引き上げた。引き上げた当初は株価は上昇。が、しばらくして、これが株価の暴落につながった。また、海外との金利差が縮小し、金が大量に流入することになる。ここが金本位制の制度の弱点である。金本位を維持するならば、米国は金利を引き上げるのではなく、緩和して、金の流出に努めるべきであった。ともあれ、この金融早急な引き締め策によって、株価はピークのときから7分の1に下落したのである。金融政策がいかに経済的な影響が大きいかの現在への教訓にもなる。

 綿花の価格下落30年から33年に間に40パーセント下落であった。このような情勢から米国の農民達が地方から澎湃としてデフレ物価の下落に対して反対を表明。ルーズベルトはこれに同意する。デフレでは農業経営が出来ないという切実な政策的要求が、大統領を動かしたのである。

 

 米国の大恐慌は29年から33年までの失業率が25パーセント、デフレーションが10㌫台の物価下落率であった。賃金を得ているものたちには、社会不安、解雇の不安は与えても、デフレーションは、実質の賃金は上昇しているのだから、現実的な危機は無かった、と推測もできる。

 デフレーションは、債務者を苦しめる。なぜなら、実質的な金利負担は、物価下落によって上昇するからである。それは債務国家にも動揺の負担を与える。そのため、ケインズは、国家の負債を軽くするため国際的な共同の基金の設立を提案していた。これがIMFの原型であるとされが、このことの指摘も本書にはあって、興味深い。

  デフレが債務者に負担を強いるという点をフィッシャーは、ルーズベルトに「貨幣錯覚」として説いた。名目の金利は、経済の状態によって姿を変えているが、それに人々は気が付かないということである。

 この亡霊の姿は、実質の金利は、名目の金利からインフレ率を引くことで導き出されるが、実生活ではこれについてほとんど気づくことがない。

 債務者は、経済の状態が良くないため負担が増え借金を返済するように行動する。借金の返済は、債務者にとって正当な行為であるが、マクロ全体で見ると、通貨の市中の銀行などへの金融機関への通貨の滞留を齎す。なぜなら、モノ・サービスが売れないから、新たな資金需要が減少する。このような市中での通貨量の不足は、物の価値の下落を意味する。つまりデフレの圧力が全般に及ぶのである。デフレと景気の上昇も伴えば(但し、景気の回復感には乏しい景気上昇である)、逆にデフレと不況が伴えば、さらに劇的なデフレへと不況を誘導することになる。

 そのほかに本書では、ルーズベルトとケインズのやり取り、その政策の採用の可否とルーズベルトの逡巡、さらに、ルーズベルトのリフレーション政策への果断な転換が今日的な意味でも参考になることが描かれている。エクルズ、フィシャー、ケインズ、そのほか多くのマクロ経済学者が様々に政策当局に提言し、政策当局とやり取りしてるのが興味深い。

 フーバー不況ならず、37年38年にルーズベルト不況がやってくるが、それも、財政政策の緊縮と金融の引き締めによって起こされたのといえることが指摘されている。政策として失業者1000万人に対する失業対策など、労働者、勤労者の生活、雇用の政策の実態などが詳述されている。とかくマクロの経済本は経済事象を扱うときにデータの記述だけに終わることが多い。それだけに終始せず、人々の困窮とそこからの脱出への死力の有様も描がこうというしている。

 細かいことだが、秋山の通貨の引き下げ、「近隣諸国窮乏」政策であるとの説には納得がしがたい。それは「固定相場制」であればいえるのであって、31年にイギリスと日本が離脱、33年に米国の金本位制からの離脱、あるいは通貨切り下げへ踏み切ったフランスとイタリアは経済が良くなっており、さらに35年には金本位からの離脱をフランスは果たすのであるから、近隣諸国窮乏へとはならないのではないかと思うが・・・・。

 国際的な金本位制の制度的欠陥が指摘されいないので、なぜ米国の株価暴落が、世界恐慌へと波及していったのかが説明不足なのが残念である。とはいえ経済学を適応した手軽に読める普及版の「歴史本」は、はなはだ数が少ないので、筆者にとっては嬉しい一冊である。

中村 隆英
Amazonランキング:169129位
Amazonおすすめ度:


昭和恐慌と経済政策
中村隆英
1922年ジェノア会議の通貨に関する決定
震災手形の発行
田中義一内閣の瓦解
蔵相 三土忠造の旧平価による復帰の拙速の指摘
ドイツ レンテンマルクの採用と中央銀行による通貨発行の制限の設定によるハイパーインフレの沈静化
英国 チャーチル(蔵相)の金本本位制旧平価での復帰論とケインズの旧平価復帰の過ちのマクロ経済学からの正当な指摘
米国 ハーディング大統領の「正常に返れ」論による1919年の金本位制採用の底流思想

 ケインズの債務国家に対する「救済」論
英国は一次大戦で、莫大な戦争費用を賄う為、戦債の発行をし主として米国に戦債を負った。

 ドイツは巨額な賠償金を負った。この債務負担を猶予すること。またドイツ銀行の通貨発行を一定の制限下におくこと。レンテンマルクによって今までの通貨単位を切り上げたことによってドイツの驚異的なインフレが終息することになった。

 金解禁『金本位制への復帰』と平価切下げ・切り上げ解禁論
石橋湛山、高橋亀吉らの旧平価復帰より新平価での復帰についての正当な指摘

 主な登場人物と事件
蔵相井上準之助と民政党浜口雄幸、幣原喜重郎
金流出と三井財閥の金融機関のドル買い円売り
それに対する民衆の非難
日本銀行総裁深井英五
ロンドン軍縮会議
安達謙蔵
海軍軍令部加藤寛治
満州事変
陸軍統制派軍務課長永田鉄山
陸軍参謀石原寛治と関東軍
武藤山治
養蚕農家の窮乏と中小企業の危機
銀行の倒産と不良債権
インテリの失業
蔵相高橋是清の金本本位制からの脱却とリフレーション政策による景気回復

政友会犬養毅
5・15事件
2・26事件

以上、後に修正など加える予定、いつになるかは分からないが。

PR
Comment form
Name
Title
Comment
Password   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
  管理人のみ閲覧可能にする
この記事のトラックバック
この記事にトラックバックする
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
マクロ経済学の学習
政府、日銀の政策、マスコミの報道に疑問を持つならここを読め
リフレ政策を発動せよ
最新コメント
[10/17 coach outlet]
[10/15 ティンバーランド ブーツ]
[10/11 モンクレール ever]
[10/11 コーチ バッグ]
最新トラックバック
プロフィール
HN:
解 龍馬
性別:
非公開
バーコード
ブログ内検索
カウンター
アクセス解析
フリーエリア
組織の中の人

忍者ブログ [PR]

Designed by