政策ベースの経済的効果やマスメディアやその報道にあまりにも踊らされる「財源」不足論は、有効な金融緩和手順をとらず騒いでいのみで耳をまともに傾ける価値は無い。このような財源不足論などとはべつに、適当にシナリオ別に眺めてみるのも面白い。
民主党が今回の衆議院選で過半数以上を獲得、安定政権となったとする。保育など、教育産業の斜陽化に歯止めがかかる。このことは間違いないだろう。自民党のエコ減税は、家電と自動車産業の底割化を防いだのは、間違いない。それと同じく、民主党が圧倒的多数を占めることによって、つまり安定政権として運営する条件がそろったとすると、有権者の多くは長期の視点を政策内容にあわせて行動するよう傾向を持つ。
民主党の案は、自民党の返済なしの奨学金給付とちがって、一律の子供手当て、未就児手当て(これは自民党、民主党に限らず、今頃これが政策の前面に出るとは、遅すぎる観がある)小学生、中学生を持つ家庭に給付される。いうまでも無く子供を持つ家庭にとってはとりあえずの可処分所得の増加が見込めることとなり、ありがたい政策である。ここで、積み立て型の学資保険や学習支援事業などにとっては、追い風となる政策となるなるだろう。但し、長期のかつ安定的政権であることが条件である。なぜなら、長期的な移動は、教育関連の総資金の数パーセントが動いただけでも斜陽化を防ぐ効果を持つだろうからである。
しかし、民主党が獲得議員数を多くをとらず、過半数に達しないようであれば、このシナリオはかなり難しいものになるかも知れない。自民党の政策のいいところ、民主の政策のいいところ取りが始まればいいのだろうが、そのようには「政治」は機能しないだろう思う。
個人的には、返済不要の奨学金制度の額と給付対象を段階に分けて、高校段階からするのが望ましい。というのも、質的労働として高い価値を持つ、あるいは、しっかりと働いたものには多くの報酬が得られるという社会は、活力のあるそれとなるだろうから、奨学金制度を拡充するほうが望ましいのだと思う。但し、不健全な言い方であろうが、それに乗り遅れた人々には再度の挑戦に挑める制度が必要であるこというまでも無いことである。積極、果断に挑戦するものたちに大きな金銭的な評価だけではなく、社会的評価を与えるべきである。