著者の高木徹は圧倒的な取材力と主人公のジム・ハーフの証言によって読むものを現場につれ行くことの出来る筆力の持ち主である。 ボスニア・ヘルツェゴビナ共和国のハリス・シライビッチ外務大臣、米国PR会社、ルーダーフィン社のジム・ハーフとセルビア共和国のミロシェビッチとミラン・パリッチ首相の米国メディアをめぐってのイメージ戦略による闘争のルポルタージュ。
ヘルツェゴビナとセルビアは当時対立し戦争下にあった。ヘルツェゴビナは、形勢が圧倒的に不利だった。国際世論をヘルツェゴビナ側に傾ける必要があった。シライジッチがイゼトベコビチィ大統領によって外相に選ばれ、米国に向かう。様々な経緯から米国PR会社、ルーダー・フィン社のジム・ハーフに情報操作を委託する。
セルビアを極悪国家として米国メディアの中に描くビジネスとしての「謀略」が丹念に描かれていく・・・。 米国のメディアの使い方、情報操作が、ジム・ハーフという卓越したPR戦略の持ち主によってこなされていく。
ボスニア・ヘルツェゴビナのセルビアに対する大きな劣勢が、米国メディアを中心にボスニア側の攻勢に転じていく。その様を詳細かつ丹念にまた執拗になしていくジム・ハーフの冷徹な分析と手練手管が生々しく淡々と描写される。ハーフの息遣いまでが手に取るように分かる。
メディアの論調を「民族浄化」という用語によって誘導しセルビアの暴虐として定着させる。メディアの偏向を決定付ける「強制収容所」という欧米社会では禁忌される社会用語でもって、セルビアの蛮行を思わせセルビア非難をメディア側に忍び込ませるPR会社の情報操作。
米国のある意味での懐の深さとPR会社の戦略には、善悪を超えたところに成立したマス・メディアに対する情報操作の寒々とした現実があることを見せ付けられた。國をめぐった戦争や企業もPR会社の手腕によって、メディアが作り上げる善玉と悪玉に仕上げられる操作対象に過ぎないのである。
ハーフはセルビア側が強制収容所にボスニア側のモスレム人を収容しているという不明確な根拠の全く無い情報を独り歩きさせることに成功。強制収容所など無いという中立を保った国連防御軍サラエボ司令官のカナダの英雄、マッケンジー将軍が、メディアによって悪玉とされていく様子は信じがたいが、ジム・ハーフのメディア戦略の狡猾さの勝利となる。そこには、事実というメディアが揺るがせにはできない、置かねばならない裏を取るという基本的事項をメディア自身が放擲し、ただ自分たちに都合の悪いことは無視、己が信じたいことを信じようとする誰もが陥る陥穽を巧みについたハーフの情報操作戦略があった。その陥穽を知り抜き、巧みに誘導していくハーフの冷徹な「世論」誘導戦略があった。
ヘルツェゴビナ共和国の外務大臣であるシライジッチはPR会社の有能なマスコミ向けロボットであり駒でしかなかったのである。また、米国のメディア社会は、国連の総会より国際世論を形成しその圧力を遂行し国際社会を決定付ける力が国連以上のものがあることを思い知らされた一冊であった。
文庫版には、ジム・ハーフとのその後のやり取りがあるが、彼は中国との契約に望んでいるとのことである。中国の潜在力が米国にPR会社による情報操作を通してメディアに忍び込んでいけば、対日本の米国メディアの論調が偏向していくのは当然の成り行きだ。それを考えると日本に対する寒々とした根拠無きイメージ状況が米国メディアを中心に米国民に作られているのだろうと看做なされる。なんとも薄ら寒い・・・・。