たとえば京都自治労連の試算によると、京都市では妻と子ども2人の4人家族で年収400万円の家族の場合、介護保険料も含む国保料は年額48万7020円になるという。滞納世帯増加の根本的な原因は、普通の生活では払えない重い国保料そのものにあるのだ。「この場で9万円を払わなければ保険証は出さない」役所の窓口でそう言われた前出の高田さんの妹はコンビニのATMで貯金を引き出し、2週間有効の短期保険証を発行してもらった。「兄の娘が″うちにはそんなおカネはない。サラ金から借りるしかない”と説明しても、役所の人は規則だからとしか言わない。慌ててなけなしの貯金をかき集めたんです。でも、2週間後にはさらに9万円を、その後も毎月4万円を納めろと担当者は言う。私たちはもう、目の前が真っ暗になりました」相談を受けた病院のソーシャルワーカーが、千葉市の市民でつくる「国保を考える会」に連絡し、事態が明らかになった。「千葉市ではこれまで国保料の滞納がある人も、払える額を窓口で誓約すれば短期保険証は交付されたんです。でも、国の方針が機械的、懲罰的な取り立てなので、住民が黙っていると、資格証明書の交付などはどんどん厳しくなるおそれがあります」国保を考える会事務局長の木幡友子さんはそう語り、2年前に起きた事例を説明する。千葉市に住む60代の男性が、04年末にガンで亡くなった。この男性は銀行口座の自動引き落としで国保料を支払っていた。02年度も03年度も滞りなく支払っていたが、01年度に1回だけ、残高不足で引き落とせない月があった。このたった一度の滞納で、市は04年に男性に資格証明書を送り付けた。「男性は病院に行けないと思い込み、具合が悪いのに受診を控えた。医者を訪ねたときはすでにガン末期で、入院後1カ月ほどで亡くなってしまったんです。機械的な資格証明書発行が、受診を遅らせた結果です」高田さんのケースでは、妹と娘に国保を考える会のメンバーが同行して市と交渉した結果、毎月5000円の滞納金を支払うことで正規の保険証が交付された。高田さんは半年の入院生活を無事に送り、手術も受けることができた。当時を振り返り、妹は涙を浮かべながら語る。「私たちも、もし何も知らないで役所の言うがままにしていたらと思うと、ゾツとします」厚労省は資格証明書の交付に当たり、保険証を取り上げてはいけない「特別の事情」を自ら規定している。その中には、「世帯主またはその者と生計を一にする親族が病気にかかり、または負傷したこと」「世帯主がその事業を廃止し、または休止したこと」という項目がある。しかし、病気が悪化して店の経営もできなくなった高田さんのような人からも、滞納を理由に保険証が取り上げられているのが現実だ。厚生労働省の調査によると、国保制度ができて間もない1965年度の国保加入者の職業構成は、農林水産業が42・1%といちばん多く、無職者は6・6%となっていた。ところが、それから約40年が経った02年度の構成は、農林水産業が4・2%と激減しているのに対し、無職者が44・2%と激増している。ここ数年、100万人規模で増えている国保新規加入者の多くが、リストラで解雇された元サラリーマン、定職に就けないフリーター、年金生活者といった人たちだ。今や国保は、不安定収入層が主体の医療保険へと変貌しているのが現実なのだ。すべての国民が安心して 医療を受けられるために長野民主医療機関連合会には、五 つの医療法人が加盟している。その 医療機関に所属する21人の医療ソーシャルワーカーが01年から毎年、「受療榛侵害事例」、すなわち、必要とする医療を受けられなかった患者の事例を集計している。毎年150件以上に上る事例の集計結果は、長期不況下にある現代の縮図の様相を呈している。「50代男性。公園で倒れているのを発見され救急搬送。発見時多量に飲酒、所持金107円。兄弟に連絡したが絶縁のため援助を断られる。「5年前にリストラに遭い、職を転々としたのちホームレスになった」「50代男性。医療費支払い困難。不況でパートとして勤務、手取り月額7万~8万円で生活保護基準以下の生活をしていた。5月にリストラに遭い収入が失業手当に。国保料、年金滞納あり。月1回の受診も、自分の判断で半分程度に減らしていた」こうした事例を、長野民医連ワーカー部会責任者の鮎沢ゆかりさんは次のように分析する。「男女比では3対1で男性が多く、年齢層では50代がいちばんで、40代、60代と続きます。働き盛りなのに、リストラや事業の倒産で職を失った人がたくさんいます。最近では、一見普通の暮らしをしているようであっても、実は借金やローンの支払いに追われ、医療にかかれないという人が増えてきています」太平洋戦争に向かう情勢下、健民健兵政策で1938年に制定された旧国保法は、その第1条に「国民健康保険ハ相扶共済ノ精神二則り」として相互扶助を強調していた。しかし、59年に施行された現在の国保法は、第1条で「もって社会保障および国民保健の向上に寄与すること」とうたっている。すなわち、現行の国保は「相互扶助」の助け合いの制度ではなく、「社会保障」として国がすべての国民に医療を保障するための制度なのだ。国保が崩壊に瀕している今、「普通の生活では払えない」高額の保険料を国民に押し付け、滞納者からは保険証を取り上げる国保行政を国はいつまで続けるつもりなのか。私たち日本人の戦後の長寿と健康を保障してきた「国民皆保険」が有名無実とならないうちに、「社会保障」の視点に立った抜本的な対策が取られなければならない。
上記は東洋経済の週刊10/28号という雑誌の抜粋引用である。
国保と健康保険の財政状態の差は、相当にあるのだろう。国としては、国保や国民年金など財政状態の逼迫したお荷物社会保障などなくなったほうがいいのであろう。
新自由主義者たちにとって、国保や健康保険など、滞納する連中など市場努力が不足しており、自己責任も何もわかっていない連中であり、施しに期待する連中だとでも捉えているのであろうから、この記事も施しを期待する憐憫乞の記事だとでもいうのだろう。無論、そうした人物もいるのも事実だろうが、その固有値と滞納世帯が増えていることが関連するなどと考える方がどうにかしている。単純に「景気が悪い」からこういった事態が増えるのである。
景気を悪くしたのは、国民であろうか、為政者であり、連綿と続いた自民党の諸政策なのである。にもかかわらず、自民党を支持するという。あるいは、景気を悪くしたのは、社会構造だとでも言うのだろうか、だから構造改革を推進する自民党を支持するのだろうか。
景気は誰もが知るように、循環的要因であり、構造的要因だけで説明がつくものではない。構造改革によって景気が回復したなどとは、まったくの嘘である。日銀の量的金融政策、ベースマネーの増大が、効いたのである。そして、財務省の円高是正のための40兆もの円売りが効いたのであり、これらが主たる原因である。
ん、が、この記事から奇妙な自由主義の生理が感じられる。
戦前の価値観であろうが、社会民主的な価値観の再生もしくは、継続は自由主義だけに侵された価値観に対抗措置として、あるいはさらいに根深い問題として思想の価値の再生があってもいいのだろう。「相互扶助」として始まった国民保険は、社会民主的な考え方に沿った思考である。それに対して社会保障として国が全ての国民に医療を保障するという制度は、国家機関の能力に帰着する「自由主義」の思考方法なのである。であるから、国家機関の財政状態に相互扶助の社会的連帯性を国家が中央集権的に推進して行った本来の社会主義的方法を「憲法的」「幸福追求権」という経済的自由の追求という「自由主義」の考え方で官僚が廃棄したのだろう。本来、公という「自由」を抑制する機能を持つ社会民主的な志向に発想の根拠を持たなければならない官僚にまで、この国は、自由主義の感性が浸透していることになり、それに、基本的に疑義さえ持たない大勢が出来上がってしまっている。orz「太平洋戦争に向かう情勢下、健民健兵政策で1938年に制定された旧国保法は、その第1条に「国民健康保険ハ相扶共済ノ精神二則り」として相互扶助を強調していた。
しかし、59年に施行された現在の国保法は、第1条で「もって社会保障および国民保健の向上に寄与すること」とうたっている。すなわち、現行の国保は「相互扶助」の助け合いの制度ではなく、「社会保障」として国がすべての国民に医療を保障するための制度なのだ。国保が崩壊に瀕している今、「普通の生活では払えない」高額の保険料を国民に押し付け、滞納者からは保険証を取り上げる国保行政を国はいつまで続けるつもりなのか。私たち日本人の戦後の長寿と健康を保障してきた「国民皆保険」が有名無実とならないうちに、「社会保障」の視点に立った抜本的な対策が取られなければならない。」