日本ハムがパリーグで優勝。その日本ハムのビッグバン打線の一角を担った、片岡が、阪神を最後に、引退。
2安打で花道飾った…男泣き片岡、別れの舞「野球に感謝します」
2006年10月13日(金) 8時2分 サンケイスポーツ
セ・リーグ、阪神5-1中日、最終戦、中日14勝7敗1分、12日、甲子園)甲子園が泣いた。阪神ナインも中日ナインも、みんなが泣いた。阪神・片岡篤史内野手(37)が12日の中日戦(甲子園)で、15年間の現役生活にピリオド。『6番・三塁』で出場し、2安打を放って、勝利で花道を飾った。苦しんだタテジマでの5年間だったが、野球に対する真っすぐな姿は、ファンの脳裏に、深く刻み込まれた。
花道を男泣きで濡らした。悩み、苦しみながら戦い抜いた片岡らしい。甲子園を埋めたファン。両ベンチ前に並んだ仲間たちに見守られ、マウンドに立つ男の目から、涙が止まらなかった。
「(阪神では)思うような成績が残せず、何度も泣きながら…泣きながら球場を後にしたこともありました。高校時代に教わった気合と根性を前面に出して戦ってきましたが、もう限界です…」
真っすぐな言葉だった。日本ハムでの栄光、阪神での挫折。走馬灯のように頭を巡った。しかし逃げずに全力でぶつかってきた。だからこそ「夢に見た甲子園で、8歳から始まった野球人生をこれだけのファンの前で終えることができた自分は幸せ」と胸を張った。
岡田監督に直訴し『6番・三塁』で出場した引退試合。五回に中前適時打、七回に左越え二塁打を放ち、花道を飾った。打球を追った左翼手は立浪。最後の舞台が甲子園で、親友のいる中日戦。「運命を感じた。本当に楽しいこと、悔しいことをいつも…」。嗚咽で言葉は続かなかった。
15歳、名門・PL学園で出会った。「デカイのにカ細い奴やな」と立浪。「すごい選手や…」と片岡。そこから始まった2人。高2の冬には大不振の片岡を立浪が誘い、寮の裏山で朝5時から落ち葉を拾い、同校の教えの“徳をつむ”を毎日続けた。高3で春夏甲子園連覇を果たし、別々の道に進んだが「お互い何十年たっても、あの時と同じ気持ちのまま、やろう」と誓い合った。頻繁に連絡し合い、励まし合いながら歩んだ道。20年を経ても、何も変わらなかった。
9月30日、甲子園。優勝を占う大一番は互いにベンチに座っていた。二回、中日の攻撃。8番・谷繁の時、投手に代わってネクストに立浪が立った。本来なら若手が担う役。それを自ら買って出て、真剣に素振りを続けた。恥も外聞もない、ただ野球への真摯な思い。一塁ベンチの片岡には、痛いほど伝わった。その裏。8番・藤本の時、林を制し、自らネクストに立った。「プロ15年で初めてやな。あいつはそういう奴や…」。首位攻防戦の影で、出番のなかったベテラン2人の見せた姿。それこそ、純粋に白球を追いかけた時代と、変わらない情熱だった。
「生んでくれた両親、支えてくれた家族、素晴らしい先輩、素晴らしい友、素晴らしい人生…与えてくれた野球に感謝します!」。大歓声に包まれた。阪神移籍後に誕生した2人の愛息から花束を受け、立浪と抱擁を交わし、両軍ナインの胴上げで5度、空を舞った。みんな、泣いていた。最高の引退試合だった。 [ 10月13日 8時2分 更新 ]
学校のバウチャー制が、新聞紙面をにぎわせている。バウチャー制は、ミルトンフリードマンが69年あたりから唱えた「新自由主義」の経済理論だとされる。政府が配分することになる補助金を、配分する先を消費者にする制度である。学校の分野では、補助金を券の形で、家庭と言う消費者に配り、学校選択の時にそれを学校側に渡すのである。このようにすることで、学校が、そのバウチャー(補助金)の獲得を目指して、生徒獲得競争に動き、競争が始まる。その結果、いい学校と負ける学校とに分けられるシステムに資するという新自由主義の市場構築の方法である。ことの是非は、ともかく、バウチャーについて「自由主義」の立場に立つ「経済」紙が、バウチャーに再考を求める記事が掲載されていたので、掲載。
義務教育再生 新首相と改革派教育長
学校選択制は ○ 、バウチャー制は×
いかにすれば、わが子を私立有名小学校、有名中学に入学させることができるか。先鞭をつけた『プレジデント』誌は昨年11月、この分野に時化した『プレジデントファミリー』を創刊、「品切れ店続出」と言う。かく一言う小誌も7月8日号「学校カ」は大きな反響をいただいた。 サラリーマンが「小中モノ」に熱中する背景には、言うまでもなく、公立小中学枚に対する深い絶望がある。イジメ、不登校、校内暴力。私立への「逃避」は、親にすれば、わが子を守る自己防衛策である。 だがしかし、公立の小中学校は全国に2・8万校、教師64万人。この広大な教育資源を丸ごと″諦めて″しまっていいのだろうか。
公立小中学枚を″再生″すれば、国民規模での学力水準の底上げに直結し、「格差」拡大への歯止めの一つにもなるはずである。もちろん、サラリーマンの懐も大いに助かる。 安倍晋三新首相もそこに着目した。著書『美しい国へ』 によれば、義務教育「再生」 のための武器は、「学枚選択制」と「バウチャー制」だ。従来、公立の小中学枚は市町村が指定する学校に入学するしかなかったが、2000年度から保護者が学校を選択できるようになった。
だが、現在、選択制を採用している市町村は1割足らず。この選択制を徹底させるべく、選ばれた学校に予算をつけるのが、バウチャー制だ。 バウチャーとは利用券のこと。教育予算は教員数を基準に割り振られているが、そうではなく、生徒一人ひとりにバウチャーを持たせる。つまり、生徒数を基準に予算を配分することで公立学枚の競争を促し、選別淘汰するのが、新首相の戦略だ。 はたして、絵に描いたような成果が上がるのか。少なくとも、選択制に関するかぎり、その効用を実証してみせた人物がいる。東京・品川区教育委員会の若月秀夫教育長である。世間の風に当てる 品川区は教育界の熱い視線を一身に集めている。00年度、全国に先駆けて学校選択制を導入し、小学校に「教科担当」を新設。この4月、小中一貫、4・3・2制の公立校「日野学園」を開校した。この改革の立役者が若月さんだ。 戦後60年、教師はサボっていたか。いや、それなりに頑張った。にもかかわらず、結果が出ないのは、なぜなのか。若月さんの出発点である。「学校は皿の上に載ったコーヒーカップ。皿が緩衝材になって、世間では当たり前のことが当たり前として受け止められてこなかった」。ならば、世間の風に直接、当てる。公立といえども、選ばれる存在になる。それが選択制の導入である。 教員たちからは大反発が湧き起こる。「教育に競争の原理を持ち込むとは、若月は教育を破壊する気か」。若月さんは反発を心から喜んだ。「核心に触れた。当たった」。 ただし、周到だったのは、選択制導入に先立って、「結果」の出し方を率先垂範、自ら示してみせたことだ。44歳、教育委員会から小学校の校長に転出したときのこと。若月さんは、「学校教育の管理」とは何か、という問題と格闘した。周りの校長先生たちは「たまに授業を巡回すればいいんですよ」と言う。そんな″管理″で、結果が出るはずはない。 悩み抜いて、品川区に本社を置くソニーの門をたたき、民間の管理職セミナーに足を運んだ。そして、はたと思い当たった。企業の管理とは「入るを量って出るを制す」。結果が思わしくなければ、投入する資本の配分を再調整する。これである。
しかし、学校における「資本」とは何か。カネ=予算は校長の自由にならない。若月さんが発見した「資本」は、「時数」=授業時間だった。 授業時間は、小学5年なら国語で年間210時間と文部科学省が定めている。だが、若月さんは教師に言った。「180時間で各工部数えなさい。30人の学級で8人が水準未連なら、30時間は8人に集中しなさい。その間、22人は私が見よう」。「教科担当」、「個に応じた指導」や4・3・2制につながる手法である。選んだ側の責任 若月さんは言う。「選択制は格差を拡大させる、と学者は言う。しかし、導入しようがしまいが、格差は厳然とあるんですよ。格差を白日の下にさらすことで、ギャップを埋めるインセンティブが働く。選択制によって、まず管理職が変わった」。一つの改革は次の改革につながっていく。選択制を導入したら、保護者たちから「何を基準に学校を選んだらいいのか」という声が上がった。そこで、近隣の有識者からなる「外部評価者制度」を設け、独自の「学力定着度調査」も実施した。すると、テストの結果が悪い中学側は「そもそも小学校の教え方に問題あり」と言い始める。それなら、と決断したのが、小中一貰制だ。一貫制の日野学園には、私学合格を蹴って入学する生徒が出た。「公立が私学から子供を奪い返した」初の快挙である。 選択制を推進する若月さんは、しかし、安倍首相が提案するもう一つのツール、バウチヤー制には必ずしも賛成ではない。生徒数で予算が分配されれば、生徒の争奪戦が勃発する。生徒の後ろにいる保護者は、はっきりと言ってしまえば、点数主義一辺倒。教育は結果を出さねばならないが、その結果が、点数だけでいいはずはない。心の「強さ」「豊かさ」も育てていく。品川区が「学力テスト」ではなく、「学力定着度調査」としたのも、その合意だろう。
若月さんは、いったん選んだ学校を保護者が変更することを認めない。「選んだ側にも責任がある。あなたが思うような学枚になるように協力してください」。学校づくりに参加してこそ、保護者の評価眼も本物になる。家庭教育を放棄した、「あなた任せ」の保護者の評価(=生徒数になる)を絶対化していいか。それが若月さんの思いだろう。 当初、現場から″専制君主″と恐れられた若月さんは、実は、現場主主義者である。「(バウチャー制でなくても)学校の努力はきちんと見れる。経常費はそのままだが、努力した学校にはプラスアルファ。アルファが全然ない学校もある」。現場のやる気を引き出すには、プラスアルファで十分なのだ。「品川区がやっていることも一つの方便。要は、管理職と教員の考え方を変えること。地域によってそれぞれ適合する方法論があると思う。」 最も成功した企業モデル=トヨタの秘密は、現場の知恵を極限まで活用することだ。方便″に振り回され、現場の知恵を根こそぎにしてしまったら、元も子もない。 新首相が決断を下すのは、教育現場の声にじっくり耳を傾けてからでも遅くはあるまい。 (シニアライター‥梅沢正邦)
内閣府月例経済報告より抜粋。
景気拡大「いざなぎ」に並ぶ…月例経済報告 大田経済財政相は12日、景気が「回復している」との基調判断を9か月連続で示した10月の月例経済報告を、関係閣僚会議に提出した。 今回の景気拡大期は、2002年2月から今年10月まで戦後最長の4年9か月(57か月)に及び、高度経済期の「いざなぎ景気」(1965年11月~70年7月)に並んだ。 大田経財相は閣僚会議後の会見で、「景気回復の状況が続くと見込まれる」と述べた。11月に「いざなぎ景気」を超えて、戦後最長を更新するのはほぼ確実との認識を示したものだ。 一方、「期間中の経済成長率が2%台と低く、物価下落が続くデフレ下での回復だったため、実感に乏しい」とした。そのうえで、「日本経済の競争力をさらに高め、持続的な回復になるように政策を進める」と述べ、構造改革路線を推進する考えを強調した。 景気拡大期間の正式な判断は、拡大局面が終わった1年ほど後に内閣府の景気動向指数研究会が確定し、内閣府が正式認定する。 月例報告は、物価が持続的に下落するデフレ状態に後戻りする懸念も残るとして、「デフレ脱却宣言」は先送りした。 (2006年10月12日20時48分 読売新聞)。読売さんさぁ、月例経済報告の実質経済成長率の図ぐらい掲載しろよな。ち~と分りにくいんではないの、それとも隠れた意図とでもあるのだろうか。いざなぎ景気の時は、実質成長率11.4、今回の景気回復2.4。これじゃあ、差がありすぎて、比較すること自体が、トンデモな発想だろう。
魅力ある大学づくりのための改革が必要だと叫ばれるが、要するに、学生というお客様をどれだけ集めるかだけが問題なのである。そのためには、受験生のニーズに応えることが何よりも優先される。
しかし、高校生の好みによって中身を〃改革してゆくというやり方は、テレビのバラエティ番組と何ら変わるところはない。顧客の満足こそが第一で、テレビは視聴者を集めればよいし、大学は学生を多く集めればよい。市民会館や教育文化機関は、我が施設にこそ利用者よ来たれと互いに蹴落とし合いをするということになるのである。
しかも、今日の顧客主義において、お客様は、もはや神様ではなく単なる「カネ様」になりつつある。学問の神様には恥ずかしくて見せることができないような教育内容でも、大学にカネが入ればそれでよいのだ。
これが行過ぎた「自由主義」社会の教育のあり方であり、顧客主義の学校の様子である。
中日、昨日の巨人戦、延長12回で、同点に追いつかれた後も粘って、福留のタイムリー、ウッズの連夜の満塁ホームランで、勝ち越し。締めは、岩瀬で決まり。10月10日10時21分シリーズ制覇が決まった。
やったあ優勝だぁ。落合監督の言葉に詰まり落涙のコメントが、よかった。そうそう予想通りは、相手のあることに思惑通りにはいかないということが、さらに実感できた。よく優勝できたな、と振り返ればそう思う。今年の前半は、交流戦前で、巨人の独走かと思った。交流戦の戦い方次第だと昨年の経験がある。巨人は、交流戦で躓いた。西武との三連戦での三連敗が効いた。阪神は、交流戦を無難に抜ける。オールスター後、中日にM40がともる。ここから勝率が落ち、投手陣の倒壊が始まる。9月、阪神の快進撃が始まる。9月から10月10日までの戦歴は、巨人に2敗、中日に3敗しているだけ、だ。後は全て勝っている。20勝5敗である。勝率8割である。この圧力は、驚異以外の何者でもなかった。
今度は日本シリーズだ。頑張れ、中日。
購買力平価による最近の為替レート
通貨の購買力から最近の円レートは1ドル=76円~88円
中国、元ドルレート
元の適正レートは1ドル=6.7~7.3元か?
2006年 元の切り上げで、3月3日の元ドルレート(中間値)は1ドル8・0380元
【北京=共同】4日付の中国英字紙チャイナ・デーリーによると、世界銀行は中国の2005年の国民総所得(GNI)が、米ドル換算で英国を抜き、米国、日本、ドイツに次いで世界4位になったことを明らかにした。
世銀の推計によると、中国のGNIは2兆2638億2500万ドル(約259兆円)で、9400万ドルの小差で英国を上回った。
1月に中国と英国が05年の国内総生産(GDP)を発表した時点で、中国のGDPは英国を上回ったとみられていた。世銀はGDPに海外からの所得などを加えたGNIをベースに過去3年間の平均為替レートでランキングを算出した。
10月10日、韓国の盧武鉉大統領は北朝鮮が核実験を行ったと発表したことを受け、北朝鮮に対する包容政策を再検討する必要があるとの見解を表明した。9日撮影(2006年 ロイター/Lee Jae-Won)(ロイター)16時37分更新
投手中田の調子がいまいちだったけど、四回の8点が効きました。横浜の鎌田の出来がよくなかったのだろう。英智の朝ファインプレーで、流れを変えて、ウッズの満塁ホームランで決まり。ウッズ足の負傷大丈夫かあ?
ともあれ、M1だ。今日の巨人戦で、決めてもらいたい。ここまで来るのに長すぎたよ。一時は駄目かと思ったすから。それもこれも、阪神の驚異的な強さ、粘りがあったからですわ。何度これで、ペナントがこちらのものと思った時期があったのだけど、悉くそれが覆された。そりゃあ、脅威でしたよ。
最後に、落合さん、「だから言ったでしょ」という発言はやめてもらいたい。まるで、預言者じゃないか、その言い方。
北朝鮮が核実験を行ったそうである。10月5日の時点で北朝鮮の専門家、重村 智計の説明によると、声明の意義は、対米国の金融制裁解除を要求するための米国との会議の要求であると同時に、朝鮮の軍隊に向けたメッセージであると述べる。
軍隊は、強硬派が多いので、「いつか」核実験をするからという軍隊をなだめる言明だと言うことである。10月、あるいは11月の核実験が、行われるという説とそれ以降だという説も入り乱れ交錯しているが、北朝鮮は、すでに人口の半分の2000万人が、飢餓状態にあるという。そのため中国に資源採掘権を30億ドルで売却かあるいは、貸与の交渉をしているが、かなり難航。北朝鮮の「物貰い」外交が機能しなくなっているとしていた。重村 智計説より、かなり早い時期の実験になった。
2002年12月16日日米安全保障協議委員会(2+2)が、米国国務省で開かれた。外務、防衛担当閣僚による米軍再編問題についての初めての日米の意見交換の場がセットされた。
共通戦略目標に隠された溝
年が明けて二〇〇五年二月十九日。ワシントンの米国務省で開かれた2プラス2で、日米両政府は、町村・パウエル会談で策定が決まった「共通戦略目標」に合意し、在日米軍再編や自衛隊の役割・任務見直しの協議加速を確認する共同発表を出した。
共通戦略目標は、まず、国際的なテロの未然防止や大量破壊兵器の不拡散を地球規模の共通目標と位置付けて、連携を強化することを掲げた。また、アジア太平洋地域の安全保障環境については、北朝鮮の核・ミサイル問題や中国の軍事力近代化と台湾海峡をめぐる問題を挙げ、「予測不能な不安定要因が存在 する」と懸念を表明している。中国に対して「建設的で責任ある役割」を果たすよう期待する一方、中国の軍事的な台頭を踏まえて台湾海峡での中台有事に警戒感を示し、「対話 を通じた中台問題の平和的な解決」と「急速な近代化を進める軍事全般の透明性向上」を求める考えを示した。
日米安保の関係文書に 「中国」という国名が明記されたのは、はじめてのことである。
共通戦略目標を設定するにあたって、日米でもつとも議論の的になったのは、中国についてどのように言及するかという点であった。ここに日米に横たわる深い溝が隠されている。
日米交渉の関係者によると、米国が提示した共通戦略目標の原案には、中国に関して次のようなかなり踏み込んだ記述が盛り込まれていた。
一、中国が台湾を攻撃しないよう抑止する
一、中国が台湾攻撃を決意した際に他国の干渉を阻 止するよう な能力の開発を断念させる
一、欧州やロシアから中国への武器や軍事技術の移 転を抑えるために協力する
これは国防総省が主導した原案である。
日本側はこれでは「中国を刺激しすざる」と、より穏便な表現に変更するよう要請し、国務省の理解も得て、対話と抑止の硬軟両様で臨む姿勢を打ち出して強硬姿勢一辺倒を避けた。2プラス2直前に北朝鮮が核兵器保有と六カ国協議への不参加を表明していたため、中国の北朝鮮に対する影響力に依存せざるを得ないという事情も、表現の変更を後押しした。


