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 稚拙な民主党は能力も見識も疑われる=証人喚問
【PJ 2007年12月01日】- 「審議が尽くされたので採決する」「審議不十分なのに強行採決した」。今までなら前者が自民党、後者が民主党の発言だった。しかし、今回の、額賀財務相と防衛専門商社「山田洋行」元専務との宴席同席疑惑で、額賀氏と守屋前次官の証人喚問を求める議決では立場が逆転した。

 自民党が強行採決したときの民主党の憤慨は一体何だったのだろうか。少数者の負け惜しみだったのか。多数を握れば、やることは自民党と同じ。むしろ、全会一致の慣例を破ってまで可決したので、自民党以上かもしれない。

 それでいて、証人喚問する案件は何かといえば、額賀氏が宴会に同席したかどうかという、証人喚問するほどでもない問題だ。また、出席したはずだと主張する根拠は守屋氏の証言だけ、と頼りない。アワー元米国防総省日本部長が、額賀氏は出席していないと証言するにいたって、民主党の旗色は断然悪くなった。以前のメール問題の轍(てつ)を踏みそうな状況だ。小沢代表はといえば、現場に任せていることであり、いちいち把握していないと述べ、まさかの際には火の粉を浴びないようにしている。

 単に守屋氏個人の問題ではなく、政界もかかわりがあるのではないかと意気込むのも分かるが、もっと核心に迫ってから攻めても遅くないだろう。守屋氏が逮捕されて結局喚問を行わなくなったのは、民主党にとっては結果的には渡りに船になるのではないか。

 NHKのラジオ番組内で日大のある教授が「政治資金規正法改正においては大人の対応、証人喚問においては子どもの喧嘩」と評しておられたが、的を射ていると思う。本気で政権を担当する気があるなら、自民党に喧嘩を売ってばかりいないで、大人の行動をしてもらいたいものだ。【了】
ま、こんなところが、一般的な評価だろう。もうちったぁ、自民側の戦略、読売新聞の戦略が、見抜けないんかねぇ、民主党の議員さんたちは・・・・。というか、「戦略参謀」がいない。特捜の動きを見れるだけの情報収集が出来る人脈とかがあまりに不足しているのだろう。
 それと、だ。自民が多数を占めていたときの攻撃の論理がいただけない。「数の論理による支配は横暴だ」と問いただした方法によって逆に自民側に言質を与える結果になっている。万年野党が使う論理だといっていい。
 そう言えば、統帥権干犯問題を追及したのも、野党からだった・・・・。その論理構造だけ見てみると、また、面白いことが言える。いささか悪乗りして見てみることにする・・・・。
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 更新が滞っているので、まとめて掲載。簡単な感想でも記すことにすると。後日誤読による訂正、ないしは追記も入れる覚書ということで掲載。
戦争の日本近現代史―東大式レッスン!征韓論から太平洋戦争まで (講談社現代新書)

 加藤陽子の歴史本。後掲の「戦争の論理」より読みやすいのは、「新書」の読者向けに作られていること、また、近代史としての通史でもあるから所謂歴史上の論理が示されているからだろう。東大式レッスンという副題が、歴史本として相応しいかどうかは別問題に、通常の事件の記述に終わる「事件史」とはなっていないのが、読み応えを求めるものにとって、それに堪えるものになっている。征韓論から日中戦争まで、九講で纏められている構成になっている。日清戦争時の清国に対する認識、日露戦争時のロシアに対する日本側の捉え方など、「教科書」では収まりきらない歴史の様相を見せてくれるので、非常に面白い。
 日中戦争(支那事変)が、何故宣戦布告なしにそれぞれの国が戦争(事変)を開始したのか、米国の中立法が、原因であったとの記述など、何故その事変が起こされたのかが、国際法、条約、その当時の「思想」家、福沢諭吉、吉野作造、幸徳秋水あるいは、市井の議員、海軍軍令部(加藤寛治)、陸軍参謀(石原莞爾)などの思想としての国防策などを重点的に例証推測していくので、通史としての歴史本より重厚に読解が出来て楽しい。
満州事変から日中戦争へ (岩波新書 新赤版 1046 シリーズ日本近現代史 5)

 これも上記の加藤陽子の歴史本で新書版。岩波の日本近現代シリーズのの中の一冊。満州事変から日中戦争(支那事変)までを、経済史、普通選挙による政党の勢力史、軍部の演説会の姿勢までを含めて、骨格が太い論点の明示と記述文体でぐいぐいと読ませる。
 本著の「はじめに」あるように政治思想家の橋川文三の問い「日本人は、満州事変から日中戦争?を戦争と思っていたのか。」という疑問を改めて注目されてよい問いかけとする。これに答えようとしたのが本作である。「双方が相手国に対して国際不法行為を行ったと主張し、自らがとった強力措置は復仇であるから違法ではないと論戦しあう両国、それこそが、日本と中国の姿であった」とする。
 37年7月の勃発したとされる日中戦争は、不思議な戦争だった。宣戦布告も無いまま戦闘が続けられた。「領土の侵略、政治、経済的権益を目的とするもの非ず、日支国交回復を阻害する残存勢力の排除する一種の討匪戦なり」と記す近衛首相の側近が書いた文書が存在したり、「報償」「復仇」である総括する文書が日支派遣軍の極秘文書としてあること自体が、そのように指導層が認識していたことを物語る。あれは字義通りの戦争ではなかったのであろう。
 満洲事変での満州の権益を国民に納得させる上で国内における軍部の演説会での軍事刑法103条に抵触しない形で、「事実」の列挙した上で聴衆の「推断」に任せるという「民主的」な手法には、苦笑させられた。
 骨太な記述の裏には、著者の加藤陽子の歴史についての「結論」など歴史の中にはないとする、うっちゃった強い姿勢が、裏打ちされているのだろうと筆者には感じ採れた。歴史に「教訓」、あるいは、一定の方向への「扇動」を読み取るのは、読み手の姿勢にしか宿らないのだろうと思う。
 半藤一利の「昭和史」土門修平の「参謀の戦争」などと同時並行的に読んでいくと、中々に面白い史点が、出来上がるのではなかろうかと勝手に自分の中では思っている。
戦争の論理―日露戦争から太平洋戦争まで

この論文集は、歴史研究家ではない筆者には、散漫な論文集としてしか思えなかった。研究家には重要な「視点」提供するかもしれないのだろうが・・・・。
 ん、と思った一点挙げれば、学徒動員が太平洋戦争(大東亜戦争)期になされるが、徴兵制について「理系」に対しての学徒動員についての記述が、目を引いた。この視点は、重要だなとも思える。
スティグリッツ教授の経済教室―グローバル経済のトピックスを読み解く

 スティグリッツの2003年から2007年にかけての経済コラム集。スティグリッツは、1997年のアジア通貨危機に対するIMFの救済策内対する問題点を経済学的に明らかにした勇猛果敢なマクロ経済学者。
 タイを発祥とするアジア通貨危機は、「返済能力の問題」か、あるいは「流動性の問題」かであった。IMFは通貨危機を「返済能力の問題」と認識したのである。ここが誤診の始まりで、その誤診の上に、構造解改革の要求まで付け加えた。IMFの97年の対応については後日詳細を明記できたらなと思うが・・・・・。

 IMFの改革も主導したとされている。
 
 また、フリードマン流のマネタリズムに対しても疑問を呈し、インフレターゲットに対しても「実質金利」を下げることで投資が活発になるという経路について疑問を呈して、これを批判している。実質金利は、短期国債と長期国債の相対的な供給量を変えることによって、資産の価格に影響を与え、よって長期実質金利に影響を与えることが出来るとしている。金融政策は実質金利よりも、むしろ信用のアベイラビリティー(可用性)を通じて景気に影響を及ぼすのである、としている。信用供給の方が重要だと説いている。インフレターゲット(物価安定化金融政策)については、スティグリッツは反対しており、2002年時から「転向」したようである。というのも、「スティグリッツによる日本経済再生の処方箋」として黒木氏が掲載している通り、インフレターゲットを再生の処方箋として述べているからである。
 巻頭論文に「21世紀はじめの日本と世界」が掲載。これだけの紙幅があれば、十分に述べたいことが述べられるだろう。似たような経済論集にクルーグマンの「クルーグマン教授の経済入門 (日経ビジネス人文庫)」「良い経済学 悪い経済学 (日経ビジネス人文庫)」があるが、それらとの対比で言うとスティグリッツは「社民」よりの言辞が目立つ。それならそれでいいのだが、その根拠の明示が少なく、理論を説くといった風情がないのも肩透かし気味。

 各コラムが、紙幅の関係もあってだろうが、短いので、それぞれに読み応えがないのが非常に残念。
 
 とはいえ社民的なマクロ経済学が、日本のマクロ経済学者には少ないように思うので、彼のような視点からの日本経済に対する指摘は、すこぶる貴重なことであろう。マクロ経済が、あまりに「自由主義」へ傾斜しているのは、その学者が自由主義=価値観からも自由であるとの錯覚を持つことからも、正当性を過激に主張する根拠を与えることになり、「政治的」に危険でさえあるからである。
生物と無生物のあいだ (講談社現代新書 1891)

 息抜きには丁度良い一冊。生物学ってのも、学派の争いがあるのね。それと生物と無生物のあいだは、やっぱ弁証的に構成されているのだわな、ちゅうことがよーく解かる。ウイルスという存在も弁証的で、生物であって、生物でないという「矛盾」したありようがある。弁証法が生きているのが、「科学」であると勝手に思っているものにとって、溜飲の下がる想いがした。
 前半は、DNAについてのお話で、ワトソン、クリック、ウィルキンスが登場して、DNAの二重らせん構造の発見の物語で、それがまた研究者ならではの微細なところまでの記述が、発見までの詳細が読ませる。
円の足枷―日本経済「完全復活」への道筋


1997年――世界を変えた金融危機 (朝日新書 74)


頭を冷やすための靖国論


日中戦争 殲滅戦から消耗戦へ (講談社現代新書)

 著者の小林英夫は、日中戦争を支那事変とは呼ばない。それだけでも、是非はともかくかなり<左>に固執した歴史観の持ち主であろう。副題にある殲滅戦争から消耗戦争へとあるように、石原莞爾の「世界最終戦争論」の批判を念頭に置いた日中戦争に於ける「軍部」批判が見られる。その姿勢について、是非を述べるほどの歴史的知識はないが、<右>派から攻撃される「自虐史観」に通抵する史観ではなかろうかと思える。歴史の右派のよる史観も初めに「結論」ありきの歴史や東京裁判の見方、あるいは、靖國論があるのだが、それはそれで、歴史<左派>の初めに「結論」ありきの歴史観を訂正、ないしは、検討を促す提言として受け止めた方が「学問」的であるのではないか、と思う。問題提起としての右派の役目であり、修正箇所の指摘と歴史左派は受け止めて行けばよいのでは無いか。
 感想から遠のいたが、加藤陽子の歴史本と合わせて読み込むと戦争の歴史について深みを以って接することが出来るだろうとは思えた。小林の軍部の「外交」力の欠如は、想定できるのだが、それが何故出来なかったのかは、つらづらと過去への思いを重ねることであり、また、歴史に「解決」など求めることもまた野暮なことだろうとは、最近は思う。
八幡神と神仏習合 (講談社現代新書)
いうまでも無く神道の全国4万社とも言われる八幡神について書かれた本。神道には教義らしい啓典は存在しないが、儀礼は存在する。また、祭られる神々の素朴さにも様々な様態がある。神仏習合の八幡大菩薩までが存在するのも興味深い信仰の形である。正確には読めるほどの神道知識は無いが、なんとも奥深く、「歴史」があるのを実感する。
 
「神身離脱思想
 山岳修行者が地方を遊行することはさまざまな意味をもつ。彼らは不思議な呪力をもつ宗教者であるとともに、各地をめぐり歩く情報運搬者でもあり、地域社会に与える影響ははかり知れないものがあっただろう。彼らの遊行は七世紀後半からであり、律令国家体制になっている。この体制下では、これまでの地方豪族はことごとく郡司などの新しい地方行政官になり、引き続き地域の支配に当たっているので豪族層と記す。彼らが豪族層をはじめ大衆と盛んな接触をおこなう中で、神仏関係に大きな転換が起こってくる。おそらくこの転換は、山岳修行者からの働きかけによるところが大きいと考えられる。
 それは神身離脱思想という新たな思想の登場である。その内容を要約すると、神は神であること自体を宿業(すくごう)前世の報い(むく)として苦悩している。そのことが神威の衰えをきたすことになり、結果は、風雨不順・五穀不作・疫病蔓延といった現象として現われ、地域社会の安穏が損なわれていく。苦悩する神は仏の力を借りて救われたいと望んでいる。つまり、神は仏法を悦びたたもうたのである。そうすることによって神威を増し、再び地域社会の安泰を保持することができる。明らかに仏教的立場からの内容であることがわかる。この思想は『金光明最勝王経』 滅業障品(めつごうしようぼん)によっているとされる)。
いまや、これまで通りの神であっては、地域社会の要望に応えきれなくなっており、どうしても仏教の呪力が必要なのだ、というところから出た考えである。山岳修行者によって鼓吹れるこの思想は、まず豪族層への説得としてなされ、修行者と豪族層との間に、新しい神仏関係の具体的な実現策が考え出されていく0神仏習合がここに初めて現象(形)となって登場するのである。」p43

 著者の逵 日出典の八幡神とその信仰をはぐんだふるさとに対する愛着には、敬服の念を持つ。
 
「政治判断、今でも正しいと」 小沢代表インタビュー
2007年11月16日08時01分

 自ら「プッツンした」と語った辞意撤回騒動から1週間。民主党の小沢代表が15日、朝日新聞の単独インタビューに応じ、福田首相との会談をめぐる一連の経緯や、新たな政権戦略を語った。

 「選挙で勝てる最大の方策で、自分の政治判断は今でも正しいと思っている。だが、みんなが望まないのだから捨てる以外ない」(大連立協議)

 「渡辺(恒雄・読売グループ本社会長)さんまでは張本人だからいい」(党首会談を持ちかけてきた相手について)
うーん、要は、小沢と民主党の「政治家」は政策を訴え、有権者と接して「どぶ板」的でもある足腰を使った選挙活動を通じて「政権」を取るという本来の選挙活動とTVメディアに出ることを選挙活動と履き違えている若い連中の選挙活動に対する差が小沢の発言から「党内事情」が透かして見える。
 民主党議員の政治音痴ぶり、つまり、自民党との政策協議無しの対立だけの方法で、国会を乗り切ろうとする方法は、小沢自身の本懐ではなかったことが理解できた。一部の連中が、「国民」の生活側に目を向けていないのだろうな。イメージだけでやっていこうとしているのかいな。
 それに、衆議院選挙の候補者の数が不足しているという背景もあるのだろう。民主党には衆議院小選挙区候補者の「空白区」は約90あると報道されいた。民主党は地方組織の運動量の弱さ、候補者数のかなりの不足状況にも深刻さがあるのでは無いか。候補者についても、2007年7月の参院選はなんとか勝てたものの、それ以降は自前の候補者を立てられない状況も抱えている。そのことも「民主党は、衆議院選挙で勝てない」という小沢辞任発言にも響いていはいるのだろう。小選挙区では、付け焼刃で政策」論では、勝てない。運動量で決まると小沢が述べているがその通りだろう。
 国連中心主義の原理主義者でもないということが、小沢の姿勢なのだろうということも推測できる。ま、これは政治家として当たり前の姿勢なのだろうが・・・・。
 まあ、なんだわ、小沢だけでなく、民主党のマクロ経済の金融政策についての理解不足は、旧経世会の故橋本、故小渕、の連中(梶山静六は除く)の「伝統」だから、来春の日銀総裁の人事はどうなることやら・・・・。
 神様が仏様になった… 稲尾和久氏評伝が名将三原監督とのやり取りが面白く描かれていて、読み応えがあった。多くのエピソードが、残される人であり、また、そこに稲尾の人となりを思わせる。豪快と闊達に描かれる価値がある「人物」が当時には存在したのだろう。
 現在がなんとも薄く透けて見えそうな時代であるような気にもなった。
                        合掌。
 民主党と自民党の大連立構想が崩れて、最も安心したのは、「公明党」だろうな。安部が辞任して、違った意味でほっとしたのも公明党だろうが、その度合いが違うだろうが・・・・。
 どの程度その度合いが違うか、どんな具合かな?
小沢代表辞意 鳩山幹事長「今日中に決着させたい」
11月6日17時6分配信 毎日新聞
民主党は6日午前、常任幹事会を開き、小沢一郎代表に慰留を求める方針を全会一致で決めた。執行部の慰留に対し、「心の整理に時間が必要」と回答を留保する小沢氏。執行部は衆参両院の当選回数別の会合で意見集約を図る一方、落選中の前職らの「続投嘆願書」を携えるなど、あの手この手で翻意を促す。鳩山由紀夫幹事長は党本部で記者団に「できれば今日中に決着させたい。小沢氏が続投すると確信している」と述べ、早期決着に意欲を示した。国会は10日の会期末を控えて大詰めを迎えており、同党は「天の岩戸」に引きこもった代表の誘い出しに必死だ。【近藤大介】
小沢が辞任を白紙撤回したそうである。幹事長鳩山由紀夫たちの慰留が、効いた格好になる。こうした事態収拾は、利害と打算だけの「政治」劇ではあるが、その要素だけで判断しても、的が外れているように思える。単純に見て、鳩山達の「男気」が口下手でシャイで、無骨な小沢に通じたと思える。
 安部の辞任劇について総括しなきゃ、と思っていたら、今度は、小沢の党首の辞任か・・・・。で、簡単に安部の「構想」の総括。安部は理念型といわれるが、その理念が、社民的でありながら、近代国家としての憲法のあり方については自らに課すほどの命題と捉えていなかったように思う。「戦後レジームの転換」を憲法改正を中心に行おうとしたのだろうが、憲法改正以前の憲法のあり方について近代国家としてどのようにあるべきかをレージームの中に構想として持っていなかった。それ故、「集団的自衛権」について現行憲法はまったく予定していないし、「自衛権」が、かろうじて近代国家の存在様式から現行憲法の前提にあるのだという憲法の文言から読み取れない解釈を内閣法制局から「異論」を出されることになり、それに対して憲法に対する「国民」の対応論なき反論を安部はしていたのである。集団的自衛権は存在するが、日本国憲法上それを「行使」出来ないというまったく妥当な内閣法制局の憲法解釈を安部は権利があるのにそれを行使できないという理屈はおかしいとして反論していたのである。ここには筆者には、個人と国家を混同した理解がある。個人にはそのような行使できない権利はありえない、またその権利行使が行き過ぎたものである場合、司法権が管轄するこことになる。ん、が、国家には、その国家固有の歴史的事象と各諸国家の歴史的な論理と国家としての存在様式としての主権論を含んだ憲法論理と憲法が近代国家機関への命令規範であるという国家機関に対する平民の基本的姿勢を重ねて理解しなければならない。こうした憲法の補足に仕方が、「自由主義的」憲法解釈の基本である。以上は、自由主義的憲法解釈であることを、お断りしておきたい。
安部の議論を突き詰めれば、日米安全保障条約の破棄か、あるいは、双務契約への転換までを視野に入れなければ成立しないのではないかと思われた。つまり、安部の「理念」には、巷で言われるところの日米安全保障の解体「左翼」への傾斜が認められたのである。
 法制局側としては、現行憲法が「集団的自衛権」を近代国家としては存在様式として持っていても当然な権限を「放棄」していると自明のことを述べていたに過ぎない。「集団的自衛権」を認めるには憲法の改正と同時に日米安全保障条約の変更を視野に入れなければ防衛の「合理的」観点からも成立しがたい。これは単純な理屈で、戦争をやらかした日本を軍事的にも骨抜きにするには、まずは不戦の軍事力を持たない「自衛権」さえ放棄ーー自衛のための侵略戦争に正当性を持たせないためーーーする文言上の憲法を作り、そして、50年の朝鮮戦争によって、事態が社会主義と資本主義の米VSソ中の軍事上の混乱期に日米安全保障条約によって、日本の軍備的不備を補完する機能を米国は持もったのである。よって、防衛は、日米安全保障条約という防衛上は、憲法の守備範囲ある国家主権の放棄まで招く条約でありながらも、日本にとっては憲法以上の価値を持つ憲法的性格として今日まで機能してきたと考えられる。すなわち、防衛上は日本国憲法9条の戦争放棄によって失った「集団的自衛権」の行使を日米安全保障条約に代替させ、米国が「集団的自衛権」の行使を日本がする必要が無いという構造が出来たのである。こうした構造は、政治思潮の様々な歪みと混乱を招き、ラムズフェルド国務長官が主導した米国の防衛構想且つ軍事上の技術革新による効率的な軍備運用である「トランスフォーメーション」下にあっても混沌としたままで推移しているのではないだろうか。
 また、安部の総理就任からとっていた行動から推測できたのは、「反米」的行動である。就任からすぐに訪問先に米国より中国へ、米国より英国へと動き、最後に米国へ訪問。そこで、米国上院から「従軍慰安婦」の決議に出くわす。元々上院は、右派であり、その見込みもなかったのだろうが、中国ロビーの圧力だろうか、決議が通ったとされている。ここから安部の目論みは崩れて行ったのではないだろうか。
 で、話題が飛ぶが、小沢の「国連中心」主義だが、これは、到底米国の了解は得られないだろう。ちゅうのも、米国が多国間交渉には基本的には反対であり、多国間交渉と二国間交渉を歴史的に適宜使い分ける「伝統」がある国にでもあるからと眺めるからである。筆者の少ない知識によっても1918年のパリ講和条約時のウイルソン大統領時代であれば「国連」も使えたであろう(事実、当時は日本の軍部参謀が、人種差別の問題で、「国際」的なアジア人種差別撤廃を求めていた時代もある)を今現在は、WTOという多国間交渉の各国間の利害調整の煮詰まり現象と同時にFTAなどの二国間交渉が、米国=世界の国際「経済」主流であるからである。まして、軍事的解決を目指すときには、米国は、一国で方針を打ち出し、賛同者を募ることで多国間による役割分担で解決した方が「合理的」であると踏まえていると考えるべきである。
[政治]約束を反故にした小沢氏に対する読売の痛切なしっぺ返しスクープ

 元々、読売新聞が、大連立への「社説」を掲載していたので、読売グループがこのような記事を掲載するのも理解の範疇。ん、が小沢が辞任する理由というのが辞任劇の現在では腑に落ちない。給油法に賛成も出来無いなどというのは、米国を中心とした「国際」という位相をその重層的な枠組みを老獪に履きこなし、原則もなしにみている政党がすることで、本来の伝統的な基本的原則を持つ政党政治の機能する国家なら給油法程度のことで長期的な座標の訂正としてしか機能しないだろうことである。であれば、小沢が辞任会見で述べているようなマスメディアの言辞などにおたつく必要も無かろう。何故なら、国家の権力の方が、マスメディアの力より強いことなど米国、英国などのメディアの喧騒と政治的な力の衰退を見れば明らかだろう。もっとも、日本のメディアや、識者から始まり、巷の右左論者までの「政治的」姿勢の捩れ方は、あまりに無原則で、社民と自由の区別と連関さえ見えていない惨さは、以前から分りきったこととの思潮を持つものに向けての発言になるが・・・・。憲法の諸規定は、国家機関に対する命令であり、国民が守らなければならない直接規定ではないという近代国家の前提を弁え、政党が論議を喚起していくという当たり前のことが前提にさえなっていないマスメディアの「能力」を述べるなら小沢の言い分も分るが・・・・。
 早い話が、平民は国からの補助金、国からの保護の話には飛びつくが、高級な「国際」的な話題などには、賛成も反対もそれほど「本気度」の点で、さしたる意味も持たないのである。よって外交、国際的など「生活」に直接関係無いことなど、米国以外のどこの国でも選挙「票」にはならない。 
 小沢が述べるような国連中心で国際的に日本の位置関係をとるのもひとつの方法ではある。が、先にも述べたように米国は二国間交渉で防衛措置を進めるのが基本である限り、国連中心主義が米国に受け入れられるかは非常に微妙である。それにくわえて政党の票集めにはほとんど意義を持たない事項であることも当然のことである。ポピュリズムと「専門」の<原則>の確認の無い「現代」の場では起こって当然な政治情勢でしょうて・・・・。
 <日本シリーズ>7番・2年目の平田が貴重な決勝点
11月1日21時54分配信 毎日新聞
 ◇日本シリーズ第5戦 〇中日1ー0日本ハム●

○…平田の日本シリーズ初打点が中日の日本一への決勝点となった。二回1死二、三塁から、4球目の直球を右中間深くに打ち上げると、犠飛となって1点を奪った。平田は「うれしいです、名前が残るので」。シーズン終盤に1軍に昇格し、クライマックスシリーズから「7番・中堅」に定着。「バッティングでは自分の力を出せた」と、大阪桐蔭高から高校生ドラフト1巡目で入団した2年目の19歳は、この日の殊勲打で大きな自信を得た。

 ○…第4戦まで1割台の打率に苦しんでいた主砲ウッズが唯一の得点のおぜん立て。二回、先頭打者の第1打席で、ダルビッシュのシュートに詰まりながらも左前に運び、出塁した。調子は悪くとも、日本ハム投手陣にとってみれば、一発があるウッズは脅威。神経を使う投球を強いられるゆえ、5番の中村紀にチャンスが多く回り、その中村紀が期待に応えるという中日にとっては、まさにしてやったりの展開となった。今シリーズは、本塁打はおろか長打は1本もなかったが、喜びはひとしお。九回2死、小谷野の二ゴロで荒木から送球を受けると、跳び上がって優勝の喜びに浸った。
山井の力投ももちろんだが、シリーズは、谷繁のリードの冴えが、光ったなと振り返ってみれば踏まえることが出来る。初戦での川上の投球によって、谷繁が配給からコースまで日ハムの打者の攻略を組み立てることが出来たのだろう。一方、日ハムの捕手は、高橋から鶴岡に交代したが、時はすでに中日側に流れと勢いが持って行かれていた。シリーズという短期の決戦は、一球で決まることがあるが、初戦で、今回の決戦は決まっていたのだと振り返ってみれば言えるのではなかろうか。
 ともあれ悲願の日本一を喜びたい。おめでとう、竜戦士!!!

 
中日と日本ハムの日本シリーズ第4戦が31日、ナゴヤドームであり、中日が4-2で日本ハムを降した。中日は第2戦から3連勝で、日本一に王手をかけた。第5戦はナゴヤドームで1日午後6時10分、試合開始。

 中日は小笠原、日本ハムは吉川が先発。中日は一回、1死二、三塁で4番ウッズの打球が三塁・小谷野の失策を誘い先制。続く5番中村紀が四球で出て、1死満塁の好機に6番李の内野ゴロで1点を追加した。

 日本ハムは四回、先頭打者の6番工藤が三塁強襲安打で出塁。続く金子誠が右中間を破る適時二塁打を放ち、1点を返した。五回には二死から4番セギノールの二塁打や6番工藤の内野安打などで満塁とし、中日の先発・小笠原は降板。代わった二番手鈴木は7番金子誠に四球を与え、押し出しで2-2と試合を振り出しに戻した。

 中日はその裏、1死満塁の場面で吉川が暴投し、三塁から藤井が生還、勝ち越し。七回にも一死二、三塁の好機に5番中村紀が中前適時打を放ち、ダメ押しの1点を追加、試合を決めた。

 日本ハムは再三好機をつくりながらも攻めきれず、得点に結び付けられなかった。毎日新聞
見よ、先発小笠原の勇士。中村紀の豪打。今日はちょっとへぼな試合だったようだ。失策と押し出しがあったから・・・。日ハムは捕手を高橋から鶴岡に代えて、攻め方が変わったように思う。それがヒット数が少なかったところに現れているな。中日は危ういところを凌いで、勝ちに結びつけたのだろう。
 これで王手だな。嬉しいわ。明日は、ダルビッシュ。打ち崩すために、投球数を増やさせるためファールで粘るバッティング、投げるタイミングをずらすタイムの採り方など、ダルビッシュ攻略を、プロらしい戦略の実践を見たいものである。
 明日一気に勝って、53年ぶりの日本一だ!!!!。仕事でTV見れないけど、マ、いいかア。
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